どうも。

 

本土側の鉄工所にて

現在進行形で改修が進む自分の船の船底を塗装するため

仕事終わりに定期船に乗り込みさらに仕事する。

というちょっち忙しめな生活を送っております佐竹です。

おかげで色々と滞り中・・・。

 

でも一歩一歩確実に前に進んではいるので問題なし!

っと胸を張って言いたいところですが。

 

あるんだなーこれが。

問題あるんだなー。

 

それは、未だ自分の船が名実ともに「無銘」な事。

 

「百万一心」かな!

と考えてはいたんだけれど

なんか収まりが悪い。

「ひゃくまんいっしん」と声に出した時、なんか長い。

「こちらひゃくまんいっしん。」って無線で交信するのか?

「ひゃくまんいっしん、ひゃくまんいっしん」って交信されるのか?

「百万一心」は自分の願いだが、

なんとなく、こう、船の名前としてカッチリこない感が自分の中ですごい。

 

では何にするのか。

船底にこびりついたフジツボや海藻を落としながら考え続ける。

今までと同じように、色々な案が出ては消えていく。

 

散々人生に迷った上に新しい事を始めるから、夜明けにちなんで「黎明」とか。

「黎明」「黎明丸」

どちらも声に出した時の語感がいいな。

 

ふつーに「佐竹丸」

ふつーだけど安定感あるな。

最悪これにしよう。

 

「佐竹ちゃん」・・・ これは禁じ手。

独立してから5年は県の補助を受けるため、船は漁協の持ち物になる。

漁協はもちろん、島の、佐竹をよく知らない方から見ると

なんか遊び半分のふざけてる野郎が来たとか思われかねない。

そうなればムラハチは確実。

 

でも本当は・・・

 

英語のLibertyに相当する意味の名前をつけたい。

でも、このLibertyという言葉の意味にピッタリはまる日本語が

存在しないのが歯がゆいところ。

一応この単語を辞書で引いてもらうと「自由」って出ると思うんだけれど

これはLibertyという言葉の真の意味と異なっている。と自分は思う。

というのも英語圏ではLibertyという言葉は

「能動的に勝ち得た自由」という意味・ニュアンスを持つ。

対して辞書で同様に「自由」と訳されるFreedomは

「受動的に与えられた自由」という意味・ニュアンスを持つ。

 

日本は「自由」に対する意識が昔から―

文化的にかもしれないけれど、薄かったんだろうね。

Libertyに相当する言葉が生まれなかったから思考停止して

LibertyをFreedomといっしょくたに「自由」と訳すしかなかったんだろうね。

 

だからといって、自分も思考停止してLibertyは「自由」なんだなと認識して

船に「自由」や「自由丸」と付けるのは物凄く抵抗がある。

自分は、Freedomではなく、

Libertyを求めて漁師の世界に飛び込んだのだから。

 

一応、すごーく近い言葉として四字熟語で「独立不羈」(読:どくりつふき)

っていうのはある。

・他からの束縛を全く受けないこと。他から制御されることなく、みずからの考えで事を行うこと。

というのがその意味。

でも船に「独立不羈」ってつけるか?

「百万一心」っと同じ理由でしっくりこない。

 

では、「不羈」もしくは「不羈丸」ではどうだ。

一応「不羈」自体には以下の意味がある。

・物事に束縛されないで行動が自由気ままであること。

・才能などが並はずれていて、枠からはみ出すこと

 

うん。ここまではいい。

だけど「羈」の意味がな~。

・つなぎとめる

という意味があって、「不羈」でつなぎとめれないという事になる。

 

・・・これじゃあ桟橋にもつなぎとめれないじゃん。

つなぎとめてたはずなのに、夜が明けたらどっか行ってたら

洒落にもならない。

 

いやー なにかと言葉尻を捕らえたく性格してるのがなー。

仇になっているなー。

 

・・・

 

そしたら「The Liberty」とか英語の名前つけたらいいんじゃない?

とも思ったんだけれど。

 

こういったガチ和デザインの大漁旗に

「The Liberty」って刻まれるの、嫌じゃね?って。

しかも「The Liberty」ってネットで調べてみたら

某宗教団体の雑誌みたいのでてきたし。

 

嗚呼、もうこんな事考えてる時点で「自由」とはほど遠いな。

 

哲学めいてきたぜ。